~親愛なるお母さんへ~

数年前に家族介護が始まりかけた時、樋口了一さんの歌『手紙~親愛なる子供たちへ~』を聞いて、
母への感謝の気持ちが込みあげて泣いて、最後まで一緒にいると決意した。
そして今年3月に母が脳梗塞で緊急搬送された。
怒涛の半年余りが過ぎて気持ちが落ち着いたので、母への気持ちを書きます。
手紙~親愛なるお母さんへ~
毎日ありがとうを言う。
毎月美容室へ一緒にいく。
毎月地元婦人会の模合に一緒にいく。
通院を頑張った後には、ランチデートをする。
季節が変わるころには、お洋服を買いにショッピングする。
今年の3月も同じように過ごしていたね。
毎朝のデイケアに行く前の身支度から朝ごはん。
今日は行きたくないというお母さんをなだめて服を選んで着替えてね。
だけど、どんなにくずってた日でも、スタッフさんが来るとしゃきっとして、
私の方を見もしない(笑)
それが、突然の脳梗塞。
危ない時を乗り越えて、治療後「元の生活」に戻れると願っていた。
リハビリ病院へ転院。
願いは叶わず、左半身のマヒが残った。
幸い記憶障害も小さい。
長い文章はしゃべれないけど、意思疎通はできる。
けれど、プロ二人がかりで車椅子からベッドへの移動。
到底在宅介護はできるものではない。
お家へ帰りたいという願いを叶えられずホームへの入所となったけれども、お母さんは文句を言わない。
それどころか、変わらず、ごーぐちを叩き冗談をいう。
私達の親子漫才は健在。
時間が足りない中で、寂しがりやのくせに強がりのお母さんに会うために、
ホームの条件で絶対に譲らなかったのはね、
家から近いこと
運のいいことに、紹介を受けながら、何番目だったか定かではないけど、
家から15分でいける場所に空きが見つかった。
脳梗塞から半年。
お母さんは、ホームにいるけどほぼ毎日夕方には会いに行って、家にいた時のように
TVを見てるお母さんの側で時間が来るまですごしている。
大好きなおでかけの約束も守っている。
ようやく、たくさんお友達のいる婦人会の模合もいけるようになったね。
半年ぶりに合えたお友達と楽しく笑顔ですごせたね。
お母さん。
怖がらないでだいじょうぶ。
ずっと一人にしたりはしないからね。
うるさいヨーコより
樋口了一/手紙~親愛なる子供たちへ~
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ぜひこの曲を聴いてください。
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樋口了一/手紙~親愛なる子供たちへ~
「手紙~親愛なる子供たちへ~」
年老いた私がある日今までの私と違っていたとしても どうかそのままの私のことを理解して欲しい
私が服の上に食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても あなたに色んなことを教えたように見守って欲しい
あなたと話す時 同じ話を何度も何度も繰り返しても その結末をどうかさえ切らずにうなずいて欲しい
あなたにせがまれて繰り返し読んだ絵本のあたたかな結末は いつも同じでも私の心を平和にしてくれた
悲しいことではないんだ 消え去ってゆくように見える私の心へと 励ましのまなざしを向けて欲しい
楽しいひと時に 私が思わず下着を濡らしてしまったり お風呂に入るのを嫌がる時には思い出して欲しい
あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて 嫌がるあなたとお風呂に入った懐かしい日のことを
悲しいことではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に 祝福の祈りを捧げて欲しい
いずれ歯も弱り 飲み込むことさえ出来なくなるかも知れない
足も衰えて立ち上がる事すら出来なくなったら あなたがか弱い足で立ち上ろうと私に助けを求めたように
よろめく私にどうかあなたの手を握らせて欲しい 私の姿を見て悲しんだり 自分が無力だと思わないで欲しい
あなたを抱きしめる力がないのを知るのはつらい事だけど 私を理解して 支えてくれる心だけを持っていて欲しい
きっとそれだけで それだけで私には勇気が湧いてくるのです
あなたの人生の始まりに私がしっかりと付き添ったように 私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい
あなたが生まれてくれたことで私が受けた多くの喜びと あなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔で答えたい
私の子供たちへ 愛する子供たちへ